ほぼ全ての政治家の表現に混じる数割の妥協的表現と無自覚の誇張
以前からずっとですが、
「ほぼ全ての政治家の表現に混じる数割の妥協的表現と無自覚の誇張」があると感じています。
国政、県政、市政問わず。です。政治の世界全体がこれに侵されています。
「選挙や政治の世界はそういうものだから」で、政治家も、あるいは有権者の人でさえも、無意識レベルで良しとしてしまっている、妥協的表現や誇張的表現があると思います。
街頭演説にはこの要素が多く含まれます。だから危険であり、注意が必要なものであると思っています。
感動的な演説によってにごされてしまう、本当のところ。
もちろん選挙に落ちたいと思っている人はいません。
しかし、勝ちたいと思いすぎなのです。
それにより、本当に大事なものが置きざりになる。
候補者の表現に熱はこもっていくのですが、それを有権者の方はどのように見極め、有言実行されるように見守っていくか。
市政という小さな単位での政治は、「政策」よりも、「一言一言」を丁寧につむいで、それにずっと責任を持てる人かどうか、の方が重いし、結果への直接的影響があると思います。
自分自身が選ばれるかもしれない立場であるからこそ、選挙期間中の今、この文章をここに残します。
2024/5/13 堀口のぶよし
0コメント